
オペラ
「小町百年の恋」
(全3幕)
解説
<解説>
〜第3幕〜


夢の世界。神々しい光が漏れる屋敷の中では、小町が己の成就せぬ恋多き人生を憂い、夢の中でしか恋する人に会えない辛い定めを嘆き、その悲しみを夢の歌三首に託す(アリア「夢の歌」~小野小町の歌<夢の三部作>~)。
・いとせめて恋しき時はむば玉の 夜の衣を返してぞ着る 古今集 小野小町
(あなたが恋しくてどうしようもない時、夜の衣を裏返して着るのです、あなたの夢をみようと)
注)夜の衣を裏返して着て寝ると、恋い慕う人が夢に現れるとの俗信(迷信)に基づいている。
・思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを 古今集 小野小町
(あなたを思いながら寝たので夢に見たのでしょう。夢と知っていたら覚めずにいたものを)
・うたたねに恋しき人を見てしより 夢てふものは頼みそめてき 古今集 小野小町
(うたた寝をしていたら恋しいあなたの面影を見ました。それからというもの儚い夢をも頼もしく思うようになったのですよ)
深草少将の怨念が乗り移った虫麻呂が、牛車から降りて屋敷に近づき、小町への募る想いを伝えようとしても、一向に言葉が出て来ない。その姿を見た小町は、自らの美貌の衰えの故かと問い、時の移ろいの無情さを憂い、己の人生を花の色に託して和歌を一首詠む(二重唱「花の色は」)。
・花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに 古今集 小野小町
(花の色が春の長雨に褪せるように、時の流れに、私の美しさも失せてしまったことだ)
・色見えでうつろふものは世の中の 人の心の花にぞありける 古今集 小野小町
(色などないのに、色あせて行くものとは何だろう、それが心のという名の花なのだなあ)
・夢(いめ)の逢ひは苦しかりけり驚きて 掻き探れども手にも触れねば 万葉集 大伴家持(おおとものやかもち)
(夢で逢うのは苦しいものです。はっと目覚めて探っても手にも触れないので)
注:夢(いめ=寝目)は、歌唱上の便宜や聴衆理解を考慮して、作曲者が「ゆめ」に変更。
突然、地獄の使者・阿鼻が現れ、言葉が出ずに困惑する少将を地獄へと連れ戻そうとするが、今宵は少将が小町の屋敷に通い続けて百日目であると悟った小町は、ついに少将の愛を受け入れる決心を伝え、小町は長い歳月待ちわびた百年の恋が叶うことを喜ぶ。寄り添う二人は永遠の愛を誓い、強まる愛の力で、地獄の魔力に立ち向かい、苦しみもがく阿鼻は地獄へと堕ちる(四重唱「百夜通いの真実」)。小町と少将は愛の勝利を喜び、共に常陸の国で暮らすことを誓う(二重唱「夢の逢瀬で」)。寄り添う二人の姿と、筑波山(男体山・女体山)のシルエットが重なり合い、山の麓からは筑波山を賛美する村人たちの歌声が聞こえてくる(フィナーレ「小町の眠る里」)。《時空を超越した夢物語》であったかのように、静かに幕が下りる。